賃貸が現在のような仕組みになったのは、明治時代からだと言われています。
当時の東京では、大地主が土地を貸しそこに商店が立ち並ぶという形式が出来上がり、その土地の賃貸料を取るというものでした。 現在と同じような仕組みを取ることで、賃貸借の両人にトラブルが少なくスムーズな契約を行えることが示されたのです。
明治時代、都心部では急激な発展を遂げたため様々な建築物ができ、それらを建てる土地の持ち主は建物を建てた後、間取りごとに賃貸契約をしていったのです。 今でも残る敷金礼金は、明治時代に円満な賃貸の契約が行えるように作られた仕組みであり、それが今でも残っているというわけです。
賃貸の契約で最近問題になっている礼金は、当時の日本人が持つ礼儀として取られたシステムであり、現在では意味がないものとなっているのです。
特に大阪では敷金礼金の制度を重んじる文化であったために、賃貸でどこかに住む人はある程度まとまったお金を用意しなければ借りることができませんでした。 京都や大阪など関西圏では、現在でも賃貸契約をする際に敷金礼金を、ほかの地域より多く取られるのもそのためです。
また、当時の人々が家を借りたい場合には、現在のような斡旋業者を通してではなく、自らの足で探すというのがほとんどだったようです。